大日本帝国の原爆保有(そして、現在につながる支配構造は?)
もし、終戦直前の大日本帝国が原爆開発に成功していて、それが終戦工作に利用されたのだとしたら。
昭和20年8月初頭の時点では、飛行機に乗せて運べる程、原爆の小型化も軽量化も、どこの国も成功できていなかったらしい。
原爆の爆発が、地上からもたらされたものであったなら。
天候に左右されて目標を変更したのではなく、最初から広島・長崎が目標だったことになる。
何故、広島・長崎だったのだろうか?
「過ちは繰り返しませんから」の言葉を真実のものとする為には、事実を知らなければなりません。
(もし、これらのことが事実とすれば、大東亜戦争の戦争観だけでなく、戦前・戦後の日本社会全体の支配構造が根底からひっくり返る!
あるいは、明治維新からの日本の支配構造かも。
明治維新を学ぶ為に、その核となる皇統史を学ぶつもりでいます。
皇統史を学ぶには、南北朝時代(南朝・北朝・後南朝)まで遡る必要があるようです。)
一方で、「一億総玉砕!」を叫ぶ日本国民を、終戦に導くことによって日本民族を滅亡から救ったのだ、という議論もある。
(しかしながら、「天皇の赤子(せきし)」「大御宝」とされる日本国民を自ら犠牲にすることは理解できない。日本DS・原子力政策との絡みがあるのでは?大戦の終わらせ方も、仕組まれていたのではないか?と勘ぐってしまう。)
また、現時点では「トンデモ情報」の部類に入るのだが。
対宇宙人との関係で、核兵器を使用しての戦争になることを避けるため、(敗戦ではなく)終戦に導くことによって、世界人類を滅亡から救ったのだ、とする議論もある。
現在の政変の終わらせ方も、ネット情報にも疎く、日本DSの洗脳度も深い年配者の多い保守陣営には、ソフトランディングで時間をかけて目覚めを促していくことも、一つの方策ではないだろうか。
参考) 諏訪軍法
「自ら筋書きを作って負けることによって、相手に勝たせ、勝たせた相手をコントロールする」ことが、諏訪軍法の極意です。
全くの私見なのですが。
大東亜戦争の形勢が不利になってきたので、この考え方が、戦争の最終盤で用いられたのではないか。
戦後の経済復興、在日米軍による日本防衛の肩代わり、などがそれに相当するのではないのか?
その為に、日本人の生命が犠牲にされ、また、現在も辛い思いをさせられているのではないのだろうか?
「戦争を終わらすのに、原爆が必要だった」とは、アメリカは言っているが、「だから、投下した」とは言っていない。
これも全くの私見なのですが。
日本の歴史を調べると、(「国譲り神話」に見られるように)、強力なパワーを持つ敵対勢力には、勝ち負けに拘らず何度か国を譲り、相手と調和しながら、日本という国を護っています。
大東亜戦争の最終盤で、日本国民が一人残らず「徹底抗戦」をしたら、日本人は生き残れなかったでしょう。
アメリカも犠牲者を多く出したでしょうし、日本が一方的に戦争を終わらせてくれれば、「渡りに船」だったのかもしれません。
戦争の最終盤で、アメリカに国譲りし、勝者を演じさせてやり、日本が潰されずに戦後を上手く乗り切ったのだ、その為の原爆利用だった、という考え方もあり得ます。
勝ち負けしか判断基準のないアメリカ人にとっては、そのような日本人の考え方は不可解であり、時々イラつくことも多いのでしょうが。